2013年10月23日水曜日

WindowsPhone8版Line無料通話対応来たァァァァァァァっ!!!!!!

ついにWindowsPhone8のLineで通話ができるようになりました。

WindowsPhone8最強伝説序章開始!!
(ついOperaっぽく言ってしまう)
これでWindowsPhoneの死角は殆どなくなった!!!
もしかしたらWindowsPhone日本発売の予兆か??

あとはHereMapが日本に対応してくれればもういうことがない。まあこれはgMapっていうアプリで対応できるから大した問題ではないんだけど。

しかし一体Lineは誰を想定してWindowsPhone版を更新しているのだろうか。
無料通話が出来るのはWindowsPhone8だけらしいからあのなかった事にされてるIS12T向けではないだろうし。

正式に日本で販売されてていないOS向けにアプリを開発する余裕があるほど儲かっているということだろうか。

2013年10月22日火曜日

同人マークについて

だいぶ時間が立ってしまいましたが、何よりもクリエイティブ・コモンズの一つにならなかったことを大変喜ばしく思っています。
コモンスフィアも思ったほど愚かではなくてよかったです。
以前、単純なデッドコピーをも禁止したり、内容による制限などを含む赤松の案が出たときはもしや、これを本当にCCに入れてしまうのではないかと心配しましたが。

また、何もやらなかったよりは良かったのではないかとも思います。

ただ、中身に関しては相当不満が残ります。
一体なんのためにあるのか、何を守りたいのか、ということを冷静に考えられていないのではないかと思います。
こういったルールは既成事実があって出来るものというのもわかってはいますが、同人業界の内向的なルールにもとづいて、逆にファン活動を制限しているようにも見えます。

これに関してはいくつか書きたいことがあるので、別記事にします。

教科書を使った自習

日本語の文章は「~なのは、~である。」というふうに説明されるので、教科書ょを読んでいる時、「~なのは」のところまで読んで、続きを想像してから読み進めることによっても教科書全体を問題集のように利用することが出来る。
この、文章の続き(答え)を想像する部分が学習には不可欠であり、いやそれこそが学習の最も重要な部分であるといえるだろう。
しかし、一般的な授業と言うのは先生が止まること無く授業を進めてしまうので、生徒一人ひとりが立ち止まって考えることが出来ない。
たとえ、先生が質問を投げかけたり、考える時間を与えたとしても進行のタイミングは先生が決めてしまうので、生徒が続きを想像する前に先に進んでしまうことになる。
それでは意味が無い。

何が言いたいのかというと、私はいままで授業中に何かを理解、記憶したことが殆ど無く(特に理系科目で)、予習復習が重要と言われるが、むしろそれだけでいいとさえ感じる。

2013年10月20日日曜日

作品をつまらないと思っている人は「わかっていない」

作品の批評を読んでいると、「いったいこの人はどこを見ているんだ、わかってないなー。」と思うこともよくある。

こういう考え方にたいして最近までは、俺も自分が好きな作品関しては他人が間違ってるって思おうとしているのかな、と考えていたが、そんなこと無いと最近気づいた。

きっかけは「スチームボーイ」を見たことだった。この映画はあまり高評価を得ているものではないようだが、友人にこの映画を絶賛している人がいたので見てみた。
結果、とてもつまらなかった。今まで見てきたなかで、アニメに限定するなら一番つまらなかった。
考えられる理由はいくつか有るのだが、これは「スチームボーイ」のレビューではないので割愛する。
私は友人につまらなかったことを伝え、どこが面白かったのかを聞いてみた。
そしてそれに反論すると、わかってないなーと言われた。

そう、私はわかっていなかったのだ。この作品に対して面白さを感じることが出来る人がいるのに、私は感じることができなかった。人それぞれ感じ方が違うのは当然だし、そうあるべきなのだが、誰かが面白いと感じたものをそう感じれない、もしくは感じれないまでも、その面白さを理解できないことが悔しかった。
例えば食べ物に関して、私はセロリが苦手なのだがそれを美味しいと言って食べている人がいる。その人は私が味わうことが出来ない幸せを感じているのだ。それが悔しい。

やはり作品をつまらないと言っている人はわかっていない。
私が感じている幸福を感じることができていないかわいそうな人なのだ。

たとえどんなに駄作だと言われているものでも、それが好きな人はいるはずだし、少なくとも作った人は何らかの面白さがそこに有ると思って作っただろう。
自分の置かれた境遇や価値観では面白いと思えないものであっても、それを面白いと言っている人がなぜ面白いと思っていることをうかがい知る事もできないのは悲しい。

2013年10月9日水曜日

スカイ・クロラのサントラの楽しみ方

電車の中で、大規模戦闘の時に流れるAdlerTagを聞いていると、電車の英語のアナウンスと重なっていい感じに聞こえる。 だからなんだって話だけど、すごくいい感じに聞こえた。

2013年9月29日日曜日

最終兵器「的」彼女~「的」の破壊力

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/dark_d_blue/view/20090628/124611830
上のブログで間違えられていたのですが、「猟奇的な彼女」につられて「的」を入れてしまったのでしょうか。

もしサイカノが「最終兵器『的』彼女」だとしたらどんな漫画になるのだろうかと考えて笑ってしまいました。
最終兵器「的」で有るということは最終兵器ではないわけなので恐らく世界は滅亡しないだろう。また、彼女、とあるからおそらくは恋愛モノだろう。
どう考えてもラブコメにしかならないような気がする。

いったいこの最終兵器的な彼女はどんな彼女なのだろうか。

的の前に何かの名詞がつくと、そのものは何かではないが、その何かの持っている要素と似ているところが有る、という意味になる。

よく放置されて臭くなった体操着のことを凶器といったりするが、そういうイメージなのだろうか。ただ、それだと話にならなそうだ。

有るとすればものすごい天然な彼女、とかだろうか。想像を絶する行動を取って、周りの人が唖然としている、とか。
最終兵器と形容しなければならない行動っていったいどんな行動なのだろうか。


本の上手な燃やし方

学芸大の演劇で「本の上手な燃やし方」っていうのが有った。
見たわけではないけど、面白いタイトルだなって思った。

〇〇の上手な〇〇方っていうタイトルの小説が有ったような気がして、思い出そうと思ったんだがなぜか思い出せない。
検索してみたら「彼女との上手な別れ方」っていうのが出てきたけどこれを読んだことは無い。

定番になっているタイトルりの付け方って色いろあると思うんだけど、(たとえば〇〇は〇〇の〇〇を〇〇するか?とか)、この〇〇の仕方っていうようなタイトルは定番なのだろうか。

もともと見た人になんだろうって思わせることが命のハウツー系新書とかブログで発達して来たものなのだろうと予測するが、これを少し違和感の有るものに置き換えて注意を引くというのは巧いと思った。
そういう意味で上で書いた「彼女との上手な別れ方」はタイトルを見ただけでは単なる恋愛指南本だと思われるかもしれないが、 「本の上手な燃やし方」はなんだろうと思わされる。

そこで僕も「〇〇の上手な〇〇方」に何か言葉を入れて作ってみる。
ポイントは普通はやらないことを入れる事だろうか。

「リモコンの上手なしつけ方」

読んでみるとなんだか言いにくい。
「リモコンの、上手なしつけ方」と区切って読むと「上手なしつけ方」の部分が長いからだ。
「本の上手な燃やし方」は7・5になっている。
7・5にするには「〇〇の」の部分に入るのが二文字でなければならない。

さて、何をしつけたら面白いだろうか。

「靴の上手なしつけ方」
「やかんの上手なしつけ方」
「水の上手なしつけ方」
「嘘の上手なしつけ方」
・・・
色々と応用は効きそうだ。
あとは読んだ人にどれだけ何かをイメージしてもらえるかだろう。
その点でも「本の上手な燃やし方」は素晴らしい。

※思い出そうとしていたのは"How to kill the mockingbird"だった。道理で思い出せないわけだ。